社交的な人と内向的な人の圧倒的な違い 特性を生かして生きるということ

外向型人間感情の整理
この記事は約6分で読めます。

これは内向的な人あるあるかもしれませんが、自分があまりにも他人に対しての興味がないことがわかってしまいショックでした。

それはある出来事からわかりました。

私は週に3回ほどジムに通っていますが、フロントの人やスタッフの方の顔や名前をそれぞれ正確に覚えていることはありません。フロントでIDを返してもらうときに「ありがとうございます」とはいいますが、別に会話もしません。

ところが、最近ジムで会話するようになった生徒さん(Aさん)は違っていました。

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誰とでも話ができる人

最近はコロナの影響で、近距離で人と会話することがはばかられるようになりました。ジムでも、注意されます。それで、その仲良くなったAさんとヨガの終わったあと話をしていたときに、ジムのスタッフの若い女性から注意を受けました。

スタッフ
スタッフ

あまり近くで会話をしないでください!

それで私はすぐにお別れして帰りました。このご時世だし、本人も言いたくないのに大変な仕事だなと私は思っていました。

その後ジムに残っていたAさんがむかついて、スタッフの人に「じゃあ、あの人たちはいいんですか?」とほかの人たちを指さしたそうです。

ワイワイガヤガヤ

ほかにも多くのグループがレッスン前に固まって話しているのにその人たちには注意しないのです。

中には言いにくい人もいたようで、

スタッフ
スタッフ

ほんとはあれはダメなんですけどね~

と言うけれども注意しないというのです。

後日Aさんと会ったときに、そのことを教えてくれて

Aさん
Aさん

なんだかおかしいよね!
何も言わない注意しやすい人だけ言ってくるなんてさ!
スタッフの🔴さんには注意しないとダメよ

とスタッフの人の顔を名前をちゃんと覚えていました。

私はスタッフの人の顔や名前など、全く気にも留めていませんでした…💦

また別の日でに、Aさんは首からウィルスガードのようなものを下げていて、
それって効果あるの?と聞いてみたら

Aさん
Aさん

効果あるかはわからないけど、でも気休めでやってるの

そういえば、男性スタッフの○○さんも、着けていたら何となく花粉症が治ったとか言ってたな~

「あーそうなんだ~そういう暗示効果みたいなのもあるのかもね?」と私は皮肉ってましたけど😸

Aさんは割と誰とでも話ができるタイプのようです。

私は、人との会話は最小限に済ませるタイプで、こういうところが内向的と外向的な人の差なのだろうなとあらためて考え始めました。

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海外のスーパーフレンドリーな知人

bar

この出来事から、アメリカに住む知人のことを思い出しました。

知人は日本人ですが、割と誰とでも初対面から仲良くなれるタイプで、非常にオープンな性格。

私がアメリカに行った際に何度か一緒にご飯を食べたことがあったのですが

あるレストランでサーブしてくれたウェイターに、「どこ(の国)から来たの?何年勤めてるの?」などと話をいろいろと聞き出します。人に対しての興味が強いのだなと感じました。

すると、そのウェイターも気分がよくなって、飲んだお酒がハッピーアワーになるように会計でおまけをしてくれました。

また、あるバーカウンターでは、となりに米人のご夫婦がいましたが、知人とその旦那さんと話が合い、ビジネスの話になりずっと話し込んで連絡先を交換したり、

そしてまた別のレストランでは私がトイレに席を外して戻ってきたときには、その隣のカウンターの人と仲良くなってお話をしていたり…

私はただ純粋に久しぶりに会えて知人との対話を楽しみたかったのに、ほかの人の話ばかりでやや残念なところはありました。しかし、その知人は全く知らない隣の人たちとも自然と会話ができる部分があり、社交性が非常に高いのだなとあらためて驚嘆させられました。

アメリカという土地柄、やはり社交的、外向的なものがよしとされる文化。隣にいる人や見ず知らずのすれ違う人に対しても“Hi!”,“Hello!”とあいさつしたりしますよね。並んでいるレジでも、普通に店員とお客が会話をしていてなかなか列が進まないこともよくあります。

また、そういう外向的な人たちの会話は常に、

の話題が多いです。

とある○○という人の話なんだけど、この人がとても面白くてさ、こんなことがあって…
前勤めていた会社の同期会があってさ…

というふうに、人のお話が非常に多いことに気づきました。

私にはない視点です。

私は0か100かで考えてしまうため

興味がないものはまったく興味がありません。

ですので興味がない人には全く興味がないので、いてもいなくても一緒なのです。

ジムのフロントで、カギをくれるスタッフや、レストランでサーブしてくれるウェイターは、自分の中では背景と同じで、その人たちが登場人物になることはまれです。

人が背景に溶け込んでしまう…

別の社交的な友人ですが、やはりその彼女と食事した際にも、レストランでサーブしてくれている人と普通に会話を楽しんでいました。人に対して興味があり、あの人はどんな人だろうかと観察しています。

すべての人ではないかもしれませんが、
外向的な人は人間的な魅力が高い人が多く、1対1でも深い会話ができることです。これはすばらしい特性だと思いました。

私にはない感覚で、ほかの人たちとの交流を楽しんでいる感じでした。

社交的、外向的な人にとっては人と話すこと、それが当たり前の感覚なのでしょうか。

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なぜ自分は内向的なのか

alone

私は安心できないと楽しめないので、どうしても知っている人や今まで話をしたことがある人、長年の友人などでは話ができますが、初対面や知らない人に声をかけるのはとても勇気がいりますし、何か失礼なことを言っていないだろうかとか迷惑ではないだろうかなど考えすぎ、気を遣いすぎて疲労困憊します。たとえ仲の良い人たちとの集まりのあとでも帰った後は非常に疲れてしまいます。

内向型は遺伝子によって決まっている部分も大きい(こちらの記事)と思いますが

自分が考えられる理由としては、
幼少期から自分を傷つける人たちが身近にたくさんいたので、できるだけストレスを避けたい、あえて関わり合いたくない、ということで心を閉ざしてしまったため、他人に興味を持てなくなったのだと思います。

あえて無関心でいることによって、自分をガードしているのだと思います。

よって、ジムのフロントや、レストランなどの人たちには、お礼は言っても、深く話すこともないですし、気にも留めることもあえてしようとしない、刺激を必要最低限に抑えるのだと思います。(この辺はHSPとかぶる点もあるかもしれません…)

まとめ:無理に社交的になろうとしない

今の自分に足りないものはあきらかに人との触れ合いや人に対する興味です。誰とでもオープンに話ができる社交的な人間にあこがれを持ちます。あんなふうになれたらどんなにいいだろうと、本当にうらやましく思います。

我慢して、社交的になろうと努力した時期もありましたが、所詮は付け焼き刃です。

今の時代や世間的な風潮は、たしかに社交的な性格を持っているほうが有利です。
経済的にも、社会的にも、そして人脈を通じたチャンスなど、ありとあらゆる面で人とつながることができたほうが人生を優位に進めていけることに変わりありません。

しかしそれもこの自分が内向型が持つ特性なのだとあきらめる、受け入れることが必要なのかなとそう思います。自分の特性に合わないことを無理にねじ曲げていて生きていくのはとても苦しいことです。

自分の持っている特性を生かして、深く考えることや、一人でいる時間を楽しんだほうが何倍も充実して生きられるのではないかと今は思います。

社交的な人が内向的な人をうらやましいという話を聞いたことはありませんが、一度社交的な人物から内向的な人についての長所は見えるのか、どう思っているか?を聞いてみたいです。

外向的な人が7割、内向的な人が3割と言われていて少数派ではありますが、これからも内向的な性格であるからこそできることを考え、探していきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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